この3月に、カメラ機材をだいぶ整理した。手に馴染むもの、本当に残したいものだけを残し、あとは全て売却した。

何年か前に写真をたくさん撮り始めて以来、中古でフィルムカメラを手に入れることが増えた。無駄に買ったつもりはなくて、使ってみたい理由がはっきりしてるものだけを手に入れたつもりではあったけれど、それでも気がつくと、手元にはかなりの台数のフィルムカメラが…

たくさんあっても使い切れないし、そもそもフィルムの消費量自体も減っているからさらに出番は減りそうである。

そんなわけで、今回の大整理に至ったわけである。もっとも、4月に転職を控えていたので、これを機に身の回りを整理しよう、という気分になっていたのも大きいとは思うが。

残したのはフィルムカメラ3台、ディジタルカメラ3台。その後E-P7が加わったので、ディジタルカメラは現在4台である。半分以上がレンジファインダースタイル。今の自分のカメラの使い方をよく反映している。

さて。こうして残ったカメラを見ていると、逆に空席がよく見えるようになった。今後の人生を考えたときに、これだけは使わないと、生涯を閉じるときに後悔するであろうカメラ。M型ライカである。おいそれとは手にできないけれど、幸い、全く手が届かない、というほどではない生活を送ることができている。M型ライカについては別の機会に書いてみたいと思っているけれど、結局、気持ちがここに戻ってくるのである。

40年も前に買ってもらったクォーツ腕時計がついに動かなくなった。

買ってもらったのは、小学6年で塾に行き始めたときか、中学1年で電車通学を始めたときか、どちらかだったと思う。買ってもらったのも、両親だったのか、それとも私を可愛がってくれていた祖母だったのか、それももはや定かではない。

電池を交換してもらい、内部を時々分解掃除してもらい、ここぞというときには腕にはめて使ってきたが、ついに、交換部品がないということで動かしようがなくなってしまった。

文字盤がブルーのグラデーションになっていて、ちょっとデザイン的にかっこいい時計だった。最初は気にしたことがなかったのだが、いつだったか時計店に持ち込んだときに、このデザインはもう廃番で、珍しいものですよ、と言われ、それから後はなるべく長く動かし続けようと思って、扱ってきた。

祖母も父ももうこの世の人ではなく、母もかなり高齢である。いずれ、この時計は形見のようなものになるだろう。たとえ動かなくなっても、ずっと手元に置いておくつもりである。

40年間ご苦労さま。

最近どこかで「写真を撮る人の視点は、写真のどこにフォーカスを合わせるかで表現される」みたいな趣旨の発言を見て、えらく得心した。それ以来、なるべくマニュアルフォーカスを使って、自分がどこにフォーカスを合わせたいのかを考えながらシャッターを切るようにしている。

私が普段写真を撮ろうとするときは、何かに目が留まって、そこを注視するような感覚の延長としてカメラを向けることが多い。だから「どこに目が留まったのか」を表す方法として、そこにフォーカスを当てるというのは理にかなっている。実際、そういう気持ちを持って撮った写真は「何に目を向けたのか」がよく表されていて、いいな、と思える写真が多い。

上の写真は、夜の遊歩道に落ちていた落ち葉にフォーカスを当てた。ちょうど電灯の光によってできた枝葉の影の隙間で落ち葉が照らされていたのが目に留まったのである。

今日のような雨上がりは、マニュアルフォーカスの出番が多い。最近、水溜りに映り込む風景を撮ることが多いのだが、これを普通にオートフォーカスで撮ると、水溜りの周辺や水面そのものにフォーカスがあってしまうことが多い。すると、下の写真のような感じになる。

近所に所用があったので、E-P7を持って、歩いてみることにした。往復30分程度の散歩である。以下、すべてプロファイルコントロールのMONO 2とCOLOR 2による撮って出し。レンズはM.Zuiko 17mm f1.8である。

写真。恥ずかしそうに窓枠の陰から外を覗く動物の人形たち。

うちの犬もお世話になっている獣医さんの窓に、人形が並んでいるのを見つけた。お医者さんの服を着た犬と、その足元にあるフクロウが、そっと外を覗いているような感じがいい。

久しぶりにオリンパス銘の入ったデジタルカメラを購入しました。昨日発売のE-P7。OMデジタルソリューションズと社名が変更されてから、初めてのカメラですね。

発表されてすぐに予約して、今日届きました。本当は昨日受け取りたかったのですけど、宅急便の時間が合わなくて。

レンズも、久々にオリンパスのを購入しました。クラシカルなフォルムの単焦点2本、M.Zuiko ED 12mm f2.0とM.Zuiko 17mm f1.8。中古ですけど。パナライカの単焦点と合わせ、使ってみるつもりです。

40年以上前にOM-10を使い始めて以来、ほぼずっと、オリンパスのカメラを使い続けてました。小ぶりなボディで、私の小さめな手にぴったり合うのがとても心地よかった。

それほどオリンパスというメーカが好きなのに、2020年にE-M5とE-PL6を手放して、オリンパスのデジタルカメラは使わなくなってしまいました。

理由はほぼはっきりしています。オリンパスの現行機種はほとんど左手で電源スイッチを操作しなければなりません。これが、私としては我慢できないのです。左手は普通レンズに添えてフォーカスやズームを操作するので、この途中に軍艦部の電源スイッチを操作する、というワンステップが挟まると、動作の流れがとても悪くなります。現に、世の中のデジタルカメラは、右手側に電源スイッチがあるのが多数派です。

オリンパスが一貫して左手側に電源スイッチを置いているのはなぜか。私は、大きな理由の一つが、フィルムカメラのOMシステムとデザインを似せ、OMファンを捕まえておこう、ということなのだと思っています。一見一理あるようですが、OMシステムは電子シャッターなのに、電源スイッチを入れていなくても、シャッターボタンを押した時だけ電流が流れ、シャッターが切れる仕組みを備えていました。つまり電源スイッチを操作する必要があまりなかったんですね。一方デジタルカメラでは、もちろん電源スイッチを入れなければシャッターは切れませんし、バッテリーの消費を抑えるために、こまめに電源スイッチを入れたり消したりしますから、電源スイッチを操作しやすいところに置くのが必須です。

というわけで、デザイン優先で、デジタルカメラの操作性を損なう「左手側電源スイッチ」を採用し続けているオリンパスの設計姿勢に嫌気がさした、というのが、オリンパスから離れた一番大きな理由でした。

でも、オリンパスのカメラを手放すときに、一つ心に決めていたことがあります。もし、いつかオリンパスが「右手側電源スイッチ」かつ魅力的なカメラを出してきたら、その時にはもう一度オリンパスのカメラを手にしよう。オリンパスのカメラのために、一つ、席を用意しておこうと決めたのです。

そう、やっぱりオリンパスというメーカが好きなのですよ。私。

それで、E-P7ですよ。オリンパスで唯一「右手側電源スイッチ」を採用していた「PENシリーズの普及モデル」の操作性を引き継ぎ、PEN-Fのプロファイルコントロール機能を引き継ぎ、OM-Dから手ぶれ補正などを引き継ぎ、まとめてきたカメラ。これをOMデジタルソリューションズになって初めてのカメラに出してきてくれた。本当に嬉しかったです。

世間的にはOM-Dシリーズの新機種とか、PEN-Fの後継機種とかを期待した声が多いように思いましたけど、私は、OM-D系ならスルーしてたし、ましてやPEN-Fの後継なんかをOMデジタルソリューションズ1発目に出してきてたりしたら完全にカメラメーカとしてのOMDSを見限ってました。格好はいいけどデジタルカメラとして使いにくい、その上売れなかった、そういう機種の後継なんかを出してるようじゃ、企業として将来性はないと思いますし。

実際に手にした感触としては、クラシカルなフォルムを持ちつつ、ちゃんと現代のデジタルカメラとして操作しやすくなっているので、期待通り、です。EVFは最近全然使わない(というかファインダーを覗いて撮影することがほとんどなくなりました)ので、なくても全然問題なし。

少し試し撮りした感じでは、ほとんどプロファイルコントールのMONO 2とCOLOR 2で撮ることになりそうです。コムロミホさんの好みと同じですね。

写真は本文の内容とはあまり関係ありません

本来、インターネットのサービスは国民性とは無関係なはずなのに、日本発のサービスには妙に湿っぽさを感じることがある。

自分がブログを書き始めたのは1990年代だった。当時、日本でははてなダイアリーが一番人気だったと思う。で、自分もはてなダイアリーを書き始めたことがあるのだが、全く続かなかった。というより、なんか肌に合わない感じがあって、サービスそのものを使おうという気が湧いてこなかった、というのが正しい。

いろいろ試した結果、一番しっくりきたのがBloggerだった。日本人のユーザは少なめだったような記憶があるし、コメントもあまりこない、読者がどれだけいるのかもよくわからない、そんな感じだった気がする。でも、そういう「ほったらかされ感」が心地よかったんだと思う。

話はとぶが、自分はそもそも実世界でもあまり人付き合いが好きではない。仲間と一緒に遊ぶよりは一人でいたほうがいいし、人混みに出かけると疲れるし。

Bloggerは、ひとりにしといてくれる、ような感じがしたのだと思う。

後になって思い返してみると、はてなダイアリーは仲間を作ることを促進していくような仕掛けがいろいろあるように思った。はてなブックマークとの連携とかね。こういうのに、日本人の国民性にも通じる湿っぽさを感じて、それが嫌だったんだなあ、と思う。もしかしたら、日本人の平均的なニーズがその辺にあるのかもしれないけれど、だとしたら、私は平均からズレている、のだろう。

なんでこんな昔話を持ち出したのかというと、noteにはてなダイアリーと同じような湿っぽさを感じたからだ。Mediumの日本人ユーザの過疎さ、読んでもらいにくさに思うところがあって、しばらく note で記事を書き続けてみたのだけれど、なんかしっくりこない。で、久しぶりに Medium を使ってみると、やっぱり記事を書くときに、noteよりずっとしっくりくる。

noteのしっくりこなさ、Mediumのしっくり感、この差はなんだろう、と考えたときに、20年も前の、はてなダイアリーと Blogger の印象を思い出したのだ。Mediumは、あまりユーザ同士を繋ごう、としてこない。興味があればどうぞ、みたいな、ある種ドライなコミュニケーションの薦め方をしてくる。まあ日本人ユーザが少ないから、だけかもしれないけど、その辺のドライさが「ほったらかし感」があって、自分には心地よい。noteは、なんかオススメの仕方がおせっかいっぽいというか、湿っぽい。ここが自分にとっては嫌なんだろう。

ということで、相変わらず日本人ユーザがほとんどいないけれど、自分にとっての心地よさを重んじて、Mediumに戻ってみることにした。しばらくこちらを本拠に、文章を書いてみるつもりである。

国島 丈生

情報科学分野の大学教員。遠距離通勤の道すがら写真を撮る毎日。小さいカメラが好き。BSD/Mac/Ruby/Rails/Web/関数型言語/マークアップ言語/弦楽四重奏/ルネッサンス音楽/フェルメール/北欧デザイン/写真/組版/タイポグラフィ/浄書/中世文学/陶磁器/書

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